「年々歳々」


  「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず。」という詩があります。

常住不変のものは何もない。目の前に咲いているこの花を愉しんだであろう人はすでに亡く、風に吹かれて揺 れる花々を目の前に見ている自分がいる。

そして、時の流れは、今これを見ている自分をも過去の存在へと変えてゆく。花は毎年生まれ変わり、変わらない姿を見せながら咲き続けるが、人は年々歳をとり、次の新しい人々の世へと移り変わってゆく。

老いの哀しみと人生のうつろい易さを表した詩としてよく知られています。

 

私の実家は、今、原発事故のため「緊急時非難準備区域」の規制がある広野町にあります。自主避難しているため町に住んでいる人はほとんどおりませんが、週に1度は家の様子を見て、庭の植木に水をやったりするために帰っています。そう大きな庭ではありませんが、水仙、ボケ、ツツジ、オニユリなどが季節ごとに綺麗な花を咲かせ心を和ませてくれます。

お袋が何処からか持ってきて植えた花も多く、花が咲く度に、「年々歳々花相似たり・・・・」という冒頭の詩が頭に浮かび、亡きお袋を思い出します。

四季を通じ季節毎に咲く花は、「今年も咲いたよ」「あーあ咲いたね。もうそんな季節になったんだね」という他愛もない会話を思い出させ、多忙な日常の中で、ひとしきりしんみりとした気分を味わわせてくれます。  

そうした時間を貴重なものと思える昨今ですが、このような思い入れというのはそれだけ年を重ねた証なのでしょう。そして人間は、ただ単に歳をとるだけではないという思いも強くなっています。

「歳はとるものでなく、いただくものであり、歳とともに今まで見えなかったものが見えてくるものもある。」といった人がおりますが、年を重ねる度に、感じ方や物を見る目が変化していくのは確かなようです。
 

一人の人間が老いていくということは、老いてゆく過程で、あらゆる存在そのものに 新しい意味付けを発見する機会が多くなるということであり、年々生まれ変わっていくと言ってもいいのかもしれません。体力の衰えなどマイナス面で語られることが多い「老い」の中にも、積極的側面があるということで、いい意味で年を重ねるというのは、そういったことではないかと思います。

 

さて、当アンモナイトセンターは、太古の時代海だったこの地に、地層の中にうずもれた白亜紀の化石を見学及び体験発掘ができる日本では類まれな施設として建設されました。8900万年前という気の遠くなるような大昔に生きていたアンモナイトなどの化石が産出されています。そして、アンモナイト等「種」の絶滅はあったものの、遥か遠い過去から現在に至るまで連綿と途絶えることなく続いている「命」があることを確信できます。

 

残念ながら、原発事故等の影響で現場の整備が間に合わず、現在、開館はしてはおりますが、「体験発掘」は中止を余儀なくされている状況です。

当センターでは、毎日放射線量を測定し、ホームページで公表しておりますので、それらを参考にしながらぜひお出かけいただきたいと思っております。

太古の時代から今に至る悠久の時の流れに思いを馳せながら、現在の自分を振り返ってみるというのも一興ではないでしょうか。                                                   20110807






震災後の経過と原発事故に思うこと



  3月11日に発生した震災・津波とその後の原発事故は、言葉に言い尽くせない被害をもたらし、現在も進行中です。
 一日も早い原発事故の収束と被災者の復興、そして自宅を遠く離れて見知らぬ土地に避難を強いられている方々が一日も早く故郷へ帰ることができますよう、心よりお祈り申し上げます。


 アンモナイトセンターは、事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所から、直線で28㎞の距離にあり、30㎞圏内ということから事故当初は「屋内退避区域」として規制されました。

そのため、312日に「考古資料館」に仮事務所を移し事務処理等を行ってきましたが、その後すべての規制が取り払われたことから、511日にアンモナイトセンターに戻り、トップページでもお知らせしたとおり7月15日の再オープンに向けて準備を進めているところです。


 さて、原発事故についてですが、未だに解決の目途がたたないまま、対策に苦慮している様子が毎日のように報道され、日本中が修理の進捗状況に気を揉みながら、時間ごとの放射線量に一喜一憂するなど落ち着かない日々を送っています。


原子力による発電のあり方というものを問い直す時期にきているている、そのことだけは間違いないのではないでしょうか。

20110712

 

 



 春の息吹を感じ
 
節分、立春も過ぎて、暦の上では「春」となりました。
そうはいっても、雪の降り続く日も多く、スタッドレスタイヤを装着しても、雪道を走るのには神経をつかう日々が続きます。しかし、草花も芽吹き、スイセンが咲き、梅も花開いて、そこかしこに春の気配が感じられ、やはり春は、もう間近なようです。

 ところで「春を待つ」とは言いますが、「春」以外の「夏」「秋」「冬」については、「待つ」とはあまり言いません。これは私たち日本人にとって、春を待ち望むという気持ちが非常に強いことの表れ なのではないでしょうか。
「早春賦」という歌があります。
春は名のみの風の寒さや、谷のうぐいす歌は思えど 時にあらずと声も立てず・・・・・・・という歌詞で、皆さんご存じの方も多いと思いますが、まさに今の季節にピッタリの歌で、ここにも春を待つ気持ちが強く出ているように思われます。

さて当アンモナイトセンターですが、毎月第3日曜日を除く土曜日と日曜日は「一般体験発掘」を実施しております。
今の季節は、あまり来館者が多くありません。秋の終わりから春先にかけては、寒さのせいもあるのでしょうが日に数人という日もあります。
その反対に、ゴールデンウィークやお盆の時期は、多くの人が訪れ、大変混雑します。その際、発掘現場は広さが限定されているため、1人当たりの発掘スペースが限られ、窮屈な状態での作業を余儀なくされます。
そういった意味では、人が少なく、自由に、思う存分発掘することができる今こそ、是非体験発掘をお勧めしたい時期だと言えます。また、この大久付近は、山に囲まれた自然豊かな地域であり、冒頭に触れたような春の小さな訪れを、より一層強く感じることが できます。あなたも、春の息吹を感じながら、8900万年前の太古の世界に触れ、大いなるロマンに浸ってみては如何でしょうか。ご来館をお待ちしております。



  体験発掘で思うこと
 
 アンモナイトセンター所長の坂本です。
当センターは、ここから産出するアンモナイト・クビナガリュウ・サメの歯・琥珀・二枚貝等の絶滅古生物化石をそのままの状態で保存し、建物で覆い、それらを「見る」「聞く」ことによって、遥か遠い過去から現在に至るまで連綿と続いている「命」というも
のを考え、そして「太古からのメッセージ」に思いを馳せながら、「太古のロマン」に存分に浸ってもらおうという目的でつくられた日本で唯一の施設です。
さらに大きな特色として「体験発掘」を実施している数少ない施設でもあります。体験発掘は、毎月、土日(月の第3日曜日を除く)及びゴールデンウィークとお盆期間中に実施しておりますが、全国各地から多くの人たちが訪れ、8900万年前の地層から発掘
された化石を手に、大昔、このあたりが海であったという不思議を実感しています。
この体験発掘を目当てに、多くの親子連れが当センターを訪れますが、親子が一緒になって、ハンマーを握り、タガネを岩にあて、親子の強い情愛を感じ、感動に似た気持ちを覚えます。
特に、作今、マスコミ等で、悲惨な児童虐待や家庭内暴力などのが数多く報道されるれ、子供達をとりまく環境が一層厳しさを増している現代の社会状況の中においては、親子一緒に熱心に化石を探す姿は、一服の清涼剤のようなさわやかさを気持ちの中に呼び起
こしてくれます。
一時間足らずの体験発掘時間では、何も見つからないことがあります。
しかし、アンモナイトの破片やサメの歯の化石ではないけれど、もっと大事なもの、大切なものが、親子で掘った岩と岩の間には埋まっているのです。それは目に見える物ではありません。でも、ここで体験した親子には、必ず見つけだせます。 親子の絆、家族の 絆という一番大切な宝物を掘り出すために、アンモナイトセンターにいらっしゃいませんか。


  子供の純真さを思い出した「群読の授業」
 
 アンモナイトセンター所長の坂本です。
過日、いわき市立久之浜第二小学校の授業参観への招待を受け、出席してきました。

「群読を楽しもう」という授業でしたが、少人数の学校であることから、2学年一緒に、計3つのものがたりを読み、最後に全校生徒で鈴木直さん(首長竜発見者)監修・小澤洋 子さん(民話の語りべ)構成のフタバスズキリュウに関する朗読でしめくくるというものでした。

 取り上げられた3つの物語の関連性が分かりやすく、先生方の指導のきめ細かさによる子供たちの巧みな朗読が上手くかみ合って、印象に残る授業風景でした。1・2年生の日本昔話「名前をかえた小僧さん」は、おいしいものは皆でなかよく食べましょうという 、友達や人とのつながりの大切さを教え、3・4年生の新美南吉作「かたつむりのかなしみ」は、悩みを持っているかたつむりが、皆に相談して歩くが「悲しみのない仲間」など一人もいないということに気づくというお話でした。
 5・6年生は宮沢賢治作「アメ ニモマケ ズ」。これは彼の代表作であり、あまりにも有名な詩ですが、個人的には私自身小さい時から暗誦し、生き方としてもそうありたいと願い、落ち込んだときなど一人諳(そら)んじながら、自分を元気付ける詩でもありました。このような生き方をしたい と思い、年を重ねてきましたが、いまだ、こうした境地に到達するにはほど遠く、遥か離れたところでうろうろしている自分がいます。

 それはさておき、3つの詩がバランスよく構成されており、人が生きていく上で大切なことが何であるかということが大きなテーマとして貫かれており、皆なかよく、しかし一人ひとりは悲しみを背負っているということを忘れず、毅然(きぜん)として自分の道を切り開き進んでいくということが大切だというメッセージが強く伝わってくる授業でした。
 そして、子供たち一人ひとりが大きな声ではきはきと話す真 剣な様子、感情のこもった話しぶり、何よりも一生懸命取組む姿に、心が洗われる思いがしました。最後は全校生による「遙かな大昔 大久川にクビナガリュウがいた」でしたが、まとまりがあり、息がぴったりあった群読でした。鈴木さんがフタバスズキリュウを発見するに至る経過を丹念(たんねん)に説明し、一つのことにあきらめずに取り組むことの大切 さを教えてくれる内容でしたが発見者の鈴木さんが同席していたことは子供たちに内緒だったようで、教頭先生が紹介したら一斉に子供たちから驚きの声が漏れました。授業が終わって帰るときも、子供たちは大きな声で「ありがとうございました」とあいさつしてくれましたが、素直でまじめで何事にも一生懸命な子供たちを見ていると、うれしくなって思わず笑みがこぼれます。大きくなっても今の気持ちを持ちつづけながら、雨にも負けず、風にも負けぬ大人に成長してほしいと願わずにはいられません。そして、われわれ大人も日々の生活で忘れかけている子供時代の純真さを、時折思い出すべきではないか。そんな思いを抱きながら帰 路につきました。                 2010.08.04



  就任あいさつ
 
 このたび、当いわき市アンモナイトセンター所長となりました坂本と申します。どうぞよろしくお願いいたします。私は、隣の広野町折木(おりき)の出身で、小さい頃は、信心深い母のお伴で、当センターの近くにある筒木原(どうぎはら)のお不動様にはよくお 参りに来た記憶があります。
 また、中学生になってからは、父の仕事が農鍛冶屋で、「くわ」や「まんのう」といった農作業に使う道具を作り販売していた関係で、やはり手伝いがてら、一生懸命自転車を漕ぎ、幾度となくこちらの方へ出かけてきた思い出もあります。当地区の古老の方の中には「割山のかじや」ということで、覚えておいでの方もおられます。もっとも母が逝って3年、父が亡くなってからは34年の歳月が流れ、今では遥か遠い昔のこととなってしまいました。今回、アンモナイトセンター勤務の話があ った時は、こうした思い出が脳裏をよぎり、私自身、何かこの地区との強い絆のようなものを感じた次第です。

 さて、当アンモナイトセンターは化石が産出している地上部を建物で覆い、そのままの状態で見学できる日本で初めての施設であり、また、直接化石の 発掘を体験できるという他に例を見ない施設です。約8,900万年前、ここが海であったという不思議、そして太古のロマンを身近に感じながら、眼前に広がる感動の世界を存分に堪能して頂けます。こうした「いわき市アンモナイトセンター」の魅力を全国に情報発 信し、積極的にPR活動を行い、地域の協力と支援を得ながら、職員一丸となって業務遂行に当たっていきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。是非、アンモナイトセンターへお出かけください。                         
                                                       2010.06.20